7:
めるんめい
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星の遺言・第六章:彼女になりたくない僕
ドレッサーの前で、ユウは小さな箱を見つめていた。
それは整頓された医療ロッカーの中に無造作に入れられていた「化粧セット」だった。旧地球の文化遺産として積荷の一部に入っていたものを、補給室で偶然見つけた。
開けるつもりはなかった。
だが気づけば指が動き、蓋を開けていた。
「……これが、口紅……か」
...もっと見る小さな管を手に取る。
キャップを外し、匂いを嗅いでみる。
ほんのりと甘く、なつかしい香りがした。
そして――何を思ったのか、ほんの少しだけ、指先にとった色を唇にあててみた。
「……っ」
それは、まるで別人が鏡に映っているようだった。
生気を帯びた唇。微かに色づく頬。長い睫毛。
「……違う。こんなの、俺じゃない」
ユウは慌ててティッシュで拭き取る。
それでも肌に残る薄紅の色が、彼女の“今の身体”の柔らかさを否応なく突きつけてくる。
「俺は……艦長だ。男だ。こんなものに心を奪われてる場合じゃ……ない」
だけど――脳裏に焼き付いていた。
鏡の中の“かわいい”自分の姿が。
それがほんの少し、嫌じゃなかったことが。
艦の服装規定は緩い。
外敵との戦闘が日常である以上、機能性が最優先されている。
それでも、補給室には女性士官用のインナーや軽装ワンピースが用意されていた。
「……着る必要なんて、ない。着たいなんて……思ってない」
それでも、何度もそこへ足が向く自分がいた。
服の質感。レースの縁取り。指先に引っかかる柔らかな感触。
「違うんだ……!」
言い訳のように呟く。
「これはホルモンのせいだ。俺がこんなものに惹かれるはずない……」
だが、その“否定”は、自分の欲望を明確に認識してしまっている証拠だった。
——女として綺麗でいたいと思ってしまう自分。
——男として、そういう気持ちを恥じてしまう自分。
ユウの心は今、二つに裂かれていた。
その夜、彼女は日誌にこう書いた。
『俺の中に、確かに“彼女”がいる。
だけど、俺はその彼女を認めたくない。
認めた瞬間、俺は“ユウ・カミシロ”じゃなくなってしまう気がするからだ。
……だけど、“彼女”の気持ちを無視するのは、もっと苦しい。』
彼女は服を着ない。
メイクもしない。
だが、その目には確かに“惹かれている自分”が映っていた。
いつかそれを許す日が来るのだろうか。
それとも、ずっと否定しながら生きていくのだろうか。
ユウはまだ知らない。
この葛藤の先に、“星の遺言”の核心が待っていることを――。
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2025/04/23(水)00:10:34]