8:
めるんめい
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星の遺言・第七章:彼女のはじまり
補給室。
ユウは誰にも気づかれぬように、その部屋の扉を閉めた。
冷たい照明と静寂に包まれた空間に、一人。
ロッカーの奥にしまわれていた、それはあった。
柔らかく、白いシルエットのワンピース。機能素材でできていて、動きやすく、軍艦の中でも問題ないとされる“女性士官向け軽装”。
ユウの指先が、迷いなくそれを掴んだ。
...もっと見るただの興味だ。そう、自分に言い聞かせながら。
「……着るわけじゃない。ただ、ちょっと触ってみるだけ……」
だが、気づけば服のファスナーを下ろし、制服の上着を脱いでいた。
インナーの上から、そっと腕を通す。
左手、右手……
そして、胸元を合わせ、軽く腰のベルトを締める。
「……は?」
鏡に映った自分を見て、ユウの思考が止まった。
「え……なにこれ……」
想像以上に、似合っていた。
ぴったりだった。
胸の膨らみに自然に沿い、ウエストは軽くくびれて、裾は太ももまでの丈。
軽やかで、柔らかくて、どこか眩しい。
「ちょ、ちょっと待て……これは違う……っ!」
慌てて脱ごうとするが、手が震える。
指先が動かない。
鏡の中の自分が、あまりにも“綺麗”に見えてしまったから。
「……俺、女みたいじゃないか……」
当然だ。今の身体は女なのだから。
でも、“似合う”と感じたことが、何よりも怖かった。
「こんなの、俺じゃない……はずなのに……」
だが胸の奥に、確かにあった。
――この服、もっと前から着てみたかったかもしれない。
――誰かに「かわいい」って、言われたかったかもしれない。
“男に戻れなくなる”って、きっとこういうことなのだ。
身体がじゃない。
心のどこかが、“別の自分”に引き寄せられていく。
ユウは目を閉じた。
「でも……これが、俺の“今”なんだよな」
否定しても、もう知ってしまった。
自分の中には、“彼女”がいる。
着てしまった服と、心に芽生えた感情は、もう元には戻らない。
その日、ユウは制服に着替え直し、何事もなかったように艦橋へと戻った。
でも、歩くたびにふわりと揺れたあの裾の感触が、皮膚に残っていた。
彼は――彼女は――まだ、自分を“男”だと思っていた。
けれど、誰よりも強く感じていた。
もう、本当の意味で“どちらかだけ”ではいられないのだと。
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2025/04/23(水)00:11:28]